とうりんじ
東林寺
気賀宿の避難場所 細江の人々と共に苦難の寺史を乗り越えた寺
東林寺がいつ頃開かれたのかは明確ではないが、行基が地方巡錫の時、この地に構えた草庵が開創の始まりとされているが、開創千二百有余年の道のりは平坦なものではなかった。室町時代、当時今川氏に属していた細江の人々は三河から攻め込んできた徳川家康に強く抵抗し、堀川城にたてこもり激しい戦いとなった。結果的に地侍をはじめ多くの細江の住民が殺害され、東林寺にも火が放たれた。この時、往古の寺史が記された古記録や古文書が焼失し、現在でも正確な開創時期は不明である。その後数年で臨済宗無文派の陽国禅師によって再興されたが、徳川家に背いた過去は消えず、幕府からは冷遇され続けたという。本堂西側の庚申堂は元禄の頃に建てられtもので、領主近藤氏の崇敬を受けていたといい、今でも開運厄除、願望成就にご利益があるといい、訪れる人も少なくない。また東林寺は本陣(江戸時代以降の宿場。ここでは気賀宿を指す)で変事が起きた際の避難場所である『御退場寺』に指定されていたという歴史もある。また寺の東側には当時、地元の農民たちが関所を通らずに野良仕事に行くためにつくった犬くぐり道と呼ばれる抜け道が復元されている。
- 東林寺(とうりんじ)
- 静岡県浜松市北区細江町気賀1022-1
- 053-522-0487
- 寺
- 臨西宗
- 聖観世音菩薩
- 開運厄除、願望成就
- http://www.page.sannet.ne.jp/mkimura/
開運厄除、願望成就
山門(勅門)
この門は嘉永七年(1854)この因縁によって大本山方広寺から下賜された物で、瑞光山東林寺の山門になっている。古くは大寺の三解脱門の形を持った門であったかと思えるが、現在は完全な薬医門の形をしている。